神経免疫学 Neuroimmunology
脳神経内科領域の中で、免疫の関わる疾患について、診療・研究を行っています。対象疾患は、多発性硬化症(MS)、視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)、MOG抗体関連疾患(MOGAD)、重症筋無力症(MG)等が中心になります。神経免疫領域では、近年、多くの分子標的治療薬が新たに使用できるようになりました。今後、そういった薬剤を適切に使用することにより、予後の改善が期待できます。
また、研究においては、中枢神経系の慢性炎症病態の解明や、ミクログリアを標的とした新規治療の探索を行っています。中枢神経系の慢性炎症には、ミクログリアや、浸潤・定着したリンパ球が関与します。慢性炎症は、神経免疫疾患の慢性進行に関わるのみならず、アルツハイマー型認知症やパーキンソン病等のいわゆる神経変性疾患にも深く関わっています。今後、こうした慢性炎症・ミクログリアの研究を進めることで、幅広い難治性疾患に対する新しい治療法に結びつけたいと考えています。
◇診療について
・多発性硬化症:multiple sclerosis (MS)
MSは、中枢神経系のオリゴデンドロサイトを標的とした自己免疫疾患です。欧米に比べて日本では少ないとされていましたが、近年急速に患者数が増加しています。その背景には、食事を含めたライフスタイルの欧米化が関与していると推察されています。特に食事の変化は、腸内細菌叢の変化と関連しており、そうした点を背景として免疫機構の変調が起きるのではないかと言われています。
MSは古くから研究されてきていますが、いまだに特異的なバイオマーカーが存在せず、診断基準の感度・特異度はとても低いことが知られています。従って、後述のNMOSDやMOGAD、他の全身性自己免疫疾患を丁寧に除外することが必要です。さらに、MRI等で、いわゆる典型的なMS所見が認められる場合に、MSと診断することができます。MSとして非典型的な所見を認める場合は、広義のMSに含める場合もありますが、MS治療薬で悪化する可能性があるため、治療選択にあたっては注意が必要です。
MSの初発・再発直後の急性期治療としては、メチルプレドニゾロン大量静注療法(IVMP)を行います。重篤で治療反応性に乏しければ、血液浄化療法を行うこともあります。また、視神経炎の場合に大量免疫グロブリン静注療法(IVIg)を追加することもあります。
急性期後に行う再発・進行予防の治療は、患者の生命予後を含めた長期転帰を著明に改善することが示されています。治療選択肢は2010年代に入って大きく増えており、患者毎に最適な治療薬を検討することが重要です。基本的には、効果の高い薬を早期から開始することで、長期予後の改善につながります。患者ごとに、予後不良因子の有無、近い将来の妊娠ご希望の有無、進行性多巣性白質脳症のリスク(血中JCV抗体価)等をふまえて治療薬選択をします。
・視神経脊髄炎スペクトラム障害:neuromyelitis optica spectrum disorder (NMOSD)
NMOSDは、AQP4抗体によって起こる、中枢神経系のアストロサイトを標的とした自己免疫疾患です。AQP4抗体陰性のNMOSDも定義上は存在しますが、治療反応性を含めて、抗体陽性例とは異なることが示唆されています。
MSと比べると、再発によらない慢性進行は目立ちませんが、再発によって重い後遺症が残りやすいことが知られています。初発・再発直後の急性期治療としては、IVMPを行います。重篤で治療反応性に乏しければ、できるだけ早期の血液浄化療法開始が望まれます。また、視神経炎の場合にIVIgを追加することもあります。
急性期後は、できるだけ再発を抑える必要があります。「ステロイドと他の免疫抑制剤の組み合わせ」もしくは近年使えるようになった分子標的治療薬(日本では5剤が使用可能)から選択することになります。薬剤の標的は大きく分けると、B細胞・IL-6受容体・補体C5の3種類があり、各薬剤に、注意すべき感染症を含めて特徴があります。患者ごとに、重症度・重篤な再発リスク・感染症リスク等を評価し、選択することになります。長期的には、ステロイドを併用しない、もしくは少量のみとして、無再発を維持することが目標となります。
また、NMOSDでは、下記のMGを含めて他の自己免疫疾患を合併しやすいことが知られています。合併する場合には、その合併疾患にも配慮した治療選択が必要になります。
・MOG抗体関連疾患:myelin oligodendrocyte glycoprotein antibody-associated disease (MOGAD)
MOGADは、MOG抗体によって特徴づけられる、中枢神経系のオリゴデンドロサイトを標的とした自己免疫疾患です。MSやNMOSDと同様に、視神経障害、運動・感覚障害等を起こすことがあります。さらに、MSやNMOSDと異なり、髄膜炎・皮質脳炎・ADEM(急性散在性脳脊髄炎)の病型を呈して、意識障害や急性症候性発作(痙攣等)を起こすことがあります。
初発・再発直後の急性期治療としては、MSやNMOSDと同様にIVMPを行います。重篤で治療反応性に乏しければ、血液浄化療法を行うこともあり、視神経炎の場合にIVIgを追加することもあります。NMOSDと比較すると、急性期治療への反応性は良好であることが多いとされます。また、急性期治療後に、再発を起こさない症例もある程度みられます。このため、急性期治療後にはステロイド(±免疫抑制剤)を用いた再発予防を行いますが、再発がなければ多くの症例では漸減・中止を目指します。患者ごとに、重症度等をふまえて、時期を検討することになります。途中で再発が認められれば、長期の再発予防が必要になります。
・重症筋無力症:myasthenia gravis (MG)
MGは、末梢運動神経と筋肉の接合部を標的とした自己免疫疾患です。AChR抗体陽性例が約80%、MuSK抗体陽性例が約5%、残りは特定の病原性抗体を認めないもの、とされます。約20%は眼瞼下垂や複視を中心とした眼筋型であり、残りは四肢や呼吸・嚥下筋の筋力低下をきたす全身型になります。眼筋型で発症して全身型へ移行することも多いですが、移行は発症から2年以内が多いことが知られます。
AChR抗体陽性例を中心に、胸腺腫を認めることがあり、その場合はMG症状が落ち着けば胸腺腫摘出術が必要になります。MGの急性増悪期の治療には、IVIg、IVMP、血液浄化療法があります。IVMPで初期増悪をきたすことがあるため、特に中等症以上の場合は注意が必要です。眼筋型の場合は急性期治療が必要になることは少なく、多くの症例で、対症療法もしくは少量のステロイド(±免疫抑制剤)でコントロールできます。全身型の長期治療としては、ステロイドと他の免疫抑制剤を組み合わせることが多く、IVIgを反復して施行することもあります。加えて、近年は多くの新規分子標的治療薬の使用が可能となりました。FcRn阻害薬と補体C5阻害薬について、それぞれ複数認可されています。効果が維持できる期間や、注意すべき副作用、投与経路(静注・皮下注)、投与頻度に違いがあるため、患者の生活背景等をふまえて選択することになります。いずれにしても、長期的なステロイドを少量にとどめ、副作用を抑えてADLを維持することが目標となります。
◇神経免疫グループ メンバー
木村公俊、濱谷美緒、錦織隆成、髙田真基、篠藤祐也
藤田理奈、平田真也(大学院生)
共同研究 近藤誉之(関西医科大学)
◇業績
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